健康と家族以外に、大切なモノなんてない。

「もっと欲しい」
「これもあったら便利かも」
「せっかく買ったから捨てられない」
私たちは毎日、たくさんの「モノ」に囲まれて暮らしています。
片付けの仕事をしている私自身も、日々モノについて考えています。
でも最近、改めて思ったことがあります。
健康と家族以外に、大切なモノなんてないな。
こんにちは!ありママです。
元中学校教員で、現在はオンラインで片付けのサポートをしています。
私自身も昔はたくさんのモノを持っていましたが、捨て活を続ける中で少しずつモノへの執着がなくなってきました。
そして最近、そのことを改めて実感する出来事がありました。
娘が体調を崩して、改めて気づいたこと
最近、娘が体調を崩しました。
熱が続いて、嘔吐もあって、なかなか良くならない。
病院で採血をして、最終的に「伝染性単核球症」と診断されました。
この病気かかったことある!とフォロワーさんも連絡をくれましたが、
みなさん治るまでに数か月かかったとか、入院したとか…。
原因がわからない間は、やっぱり心配で。
採血してすぐ「白血球が通常の三分の一しかないです」
と言われたので、もしかしたら血液の病気なの?と
結果が出るまでドキドキしました。
そんなときって、本当にモノのことなんてどうでもよくなるんですよね。
家が多少散らかっていようが、
欲しかったモノがあろうが、
そんなことは本当にどうでもいい。
ただ、元気になってほしい。
それだけでした。
そして、こういうとき結局頼るのは、モノじゃなくて人なんですよね。
私の場合、それは夫でした。
「ちょっと聞いてよ」
「どう思う?」
「私、こう思うんだけど」
そんな話を延々と聞いてもらって(笑)、少しずつ落ち着いていく。
考えてみれば、しんどいときに欲しいものって、モノじゃないんです。
素敵なバッグを買っても、新しい服を買っても、悩みそのものはなくならない。
家にどれだけお気に入りのモノがあっても、私の話を聞いてくれるわけじゃありません。
いつも通りご飯を食べて、
「行ってきます」と学校へ行って、
くだらないことで娘が笑っている。
夫にくだらない話も真面目な話もできて、
子どもたちの成長を一緒に見ていける。
普段は当たり前すぎて気にも留めないことが、本当はものすごくありがたいことなんですよね。
捨て活をして、モノへの執着が本当になくなった
そして今回、もうひとつ感じたことがあります。
私、本当にモノへの執着がなくなったな。
昔だったら、
「高かったし……」
「まだ使えるし……」
「いつか使うかもしれないし……」
そして「人からどう見られるか」という
そんな理由で、たくさんのモノを持っていました。
でも捨て活を続けて、
必要なモノだけで暮らすようになって、
「なくても案外困らない」
「必要になったら、そのときまた考えればいい」
と思えるようになりました。
モノを手放してきたはずなのに、失った感覚はあまりありません。
むしろ逆でした。
モノへの執着が減るほど、
自分にとって本当に大切なものが、はっきりしてきた気がします。
家族。
健康。
時間。
人とのつながり。
自分がやりたいこと。
そっちの方が、ずっと大事でした。
だから人からどう思われるのかっていうのは結構どうでもよくなりました。
モノは、人生の主役じゃない
もちろん、モノが必要ないと言いたいわけではありません。
お気に入りの服を着れば気分が上がるし、
便利な家電に助けられることもある。
好きなモノに囲まれて暮らすのも楽しい。
でも、それらは全部、
自分や家族の暮らしを快適にしたり、楽しくしたりするための道具。
人生の主役ではありません。
なのに私たちは、
モノを買うために働いて、
モノを置くために収納を増やして、
増えたモノを管理するために時間を使って、
今度はそのモノを捨てるかどうかで悩んでいる。
なんだか、モノに人生の時間を使いすぎている気もします。
モノのために生きてるのか?ってばかばかしくなります。
モノはまた買える。でも、買い戻せないものがある
片付けをしていると、
「高かったから」
「まだ使えるから」
「いつか使うかもしれないから」
と、手放せなくなることがあります。
もちろん、今無理に捨てる必要なんてないです。
でも私は、捨て活を続けることって大事だなと思っています。
ほとんどのモノは、なくなってもマジでなんとかなります!
本当に必要なら、また買えるものだってたくさんあります。
でも、
家族と過ごせる今日。
子どもが今の年齢でいてくれる時間。
夫とくだらないことで笑える時間。
そして、自分や家族が健康でいられること。
これは、お金を出しても買えません。
失ってから「やっぱり大切だった」と気づいても、買い戻すことはできません。
だから私は、そっちを大切にしたいなと。
片付けって、ただ家からモノを減らすことじゃないです。
自分にとって大切じゃないものを手放して、本当に大切なものに時間や気持ちを使えるようにすることです。
そしてこれは、モノだけの話ではないのかもしれません。
時間だって同じです。
仕事を頑張りたい。
もっと稼ぎたい。
いろいろな場所へ行って、いろいろな人とつながりたい。
何かを成し遂げたい。
それももちろん、その人にとって大切なものなら素敵なことだと思います。
何を大切にして、何に時間を使うかは、人それぞれです。
ただ私は最近、
「何かを得るために、私は何を差し出しているんだろう?」
と考えるようになりました。
仕事で結果を出すために、家族との時間を使う。
人付き合いを広げるために、家族と過ごせる休日を使う。
もっと何かを手に入れるために、今ある幸せを後回しにする。
もちろん、そういう時期が必要なこともあると思います。
でも私は、そこまでして欲しいものってなんだろう?と思うんです。
お金も欲しい。
仕事も頑張りたい。
やりたいことだって、まだまだたくさんあります。
でも、そのために家族との時間や自分の健康まで差し出したいかと言われたら、私は違う。
何を手に入れるか以上に、何を手放したくないのか。
そっちをちゃんとわかっていたいと思います。
そこに自分の軸がないと、フラフラしちゃうんだな。
そして、大切なモノを失ってしまうんだなと。
捨て活をしてモノへの執着が減ったことで、不思議とモノ以外のことにもそう思えるようになりました。
何でもかんでも手に入れなくていい。
全部の場所に行かなくていい。
全部の人とつながらなくていい。
全部のチャンスをつかまなくてもいい。
私にとって大切なものを、大切にできていればいい。
片付けに迷ったら、「モノの先」を考えてみる
「これ、いる?いらない?」
片付けをしていると、何度もこの問いに向き合います。
でも正直、モノだけを見て「いる・いらない」を考えると、なかなか答えが出ないんですよね。
「もったいない」
「まだ使えるし」
「いつか使うかもしれないし」
残す理由はいくらでも出てきます。
そんなときは、
「私は、このモノを持ち続けることに、これからも時間や気持ちを使いたい?」
と考えてみてもいいと思います。
モノって、持っているだけでは終わりません。
買う。
しまう。
探す。
片付ける。
手入れする。
そして、いつか手放す。
一つひとつは小さなことでも、モノが増えれば増えるほど、そこに使う時間も気持ちも増えていきます。
その時間を使ってまで、本当にこれは持っていたい?
それとも私は、
家族と話したい?
子どもと出かけたい?
自分のやりたいことをやりたい?
何もせず、のんびりしたい?
モノを捨てるかどうかだけじゃなくて、
「私は限られた時間を、何に使いたいんだろう?」
そこまで考えてみると、案外答えが見えてくることがあります。
もちろん、大好きなモノなら持ち続けましょう!
大好きなモノに使える時間って幸せだし、
そのモノを見るたびうれしくなったり、暮らしをラクにしてくれたり、大切な時間を作ってくれたりするなら、それは自分にとって必要なモノ!
でも、なんとなく持っているだけのモノに、人生の時間を使い続けなくてもいい。
捨て活を続けてきて、
私にとって大切なものは、ずいぶんシンプルになりました。
家族がいて、みんなが元気で、
話したいときに話せる人がいて、
今日を普通に過ごせる。
もう、それだけで十分なんじゃないかと思います。
健康と家族以外に、大切なモノなんてない。
娘の病気をきっかけに、改めてそんなことを思いました。
みなさんは何が大切ですか?
インスタグラム8.6万人からフォローされています👇
大好評・片付けを頑張りたい人の講座です👇

