【コトの捨て活】「人からどう思われるか」を手放したら、一番ラクになった

こんにちは、ありママです。
今日は「コトの捨て活」。
モノじゃなくて、「人からどう思われるか」を気にしすぎるクセを手放す話です。
最近、「人からどう思われるか」について考える機会があったので!

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私は人の目を気にすること自体は、悪いことじゃないと思ってます。
私自身、仕事をしていれば、相手がどう感じたかは考えなきゃいけないし、何か言われたときに「私は私だから!」って全部シャットアウトするのも、ちょっと違うと思っています。
自分じゃ気づけなかったことを教えてもらえることもあるし、誤解させちゃったなら「なんでそう伝わったんだろう?」って考えることも大事です。
でも……
「他人からどう思われるか」ばっかり考えるようになると、途端に苦しくなるんですよね。
だって、自分の人生なのに、採点する人がずっと「他人」になるから。
外側に「正解」を置くと、一生終わらない
「いいね」がたくさんついた。だから、この投稿はよかった。
フォロワーが減った。だから、私は何か間違えた。
あの人は私より仕事ができてる。だから、私はまだまだ。
あの人の家はいつもきれい。それに比べて私は……。
これ、キリがないんですよ!!
だって、上には上がいるから。
フォロワーが1万人になったら、10万人の人がいる。
10万人になったら、100万人の人がいる。
家を片付けても、もっときれいな家がある。
仕事を頑張っても、もっと稼いでる人がいる。
子育てを頑張っても、SNSを開けば、もっと丁寧に子どもと向き合ってるように見える人がいる。
他人を基準にしてる限り、「まだ足りない」はいくらでも作れちゃうんです。
そして怖いのが、ゴールがないこと。
昨日よりできるようになったことがたくさんあっても、他人を見れば、また自分に足りないものが見つかる。
これじゃ、いつまで経っても自分に「よくやってる」って言えません。
「下を見て安心する」のも、実は同じ
逆も、同じだと思ってます。
「あの人よりは、私のほうができてる」
「あの人よりは、片付いてる」
そうやってホッとするのも、結局は同じです。
上を見て落ち込むのも、下を見て安心するのも、自分の価値を「他人との距離」で測ってるだけなんですよね。
しかも、その安心って結構もろい。
自分よりできる人が現れた瞬間に、あっけなく崩れます。
だから、いい意味でも悪い意味でも、他人とは比べない。
私はそれが一番ラクだと思ってます。
全員に好かれるなんて、そもそも無理
人間関係には「2:6:2の法則」っていう考え方があります。
2割の人は自分を好いてくれて、2割の人には好かれなくて、残りの6割はどちらでもない、というもの。
科学的に確立された法則ではないのですが、私はこの考え方を知って、ちょっとラクになりました。
だって、全員に好かれるなんて無理なんですよ!
あの非の打ち所がない偉大なる大谷選手だって、時にはアンチがくるからびっくり。
(まあ、大谷アンチのコメント見ると、相当粗探ししてる感がありますがw)
あれだけ多くの人に支持されてる人でも、いろいろ言われる。
だったら私が全員に好かれようなんて、そりゃ無理だわ😂
そう思ったら、なんかもう、いいんですよね。
全員に好かれようとしなくて。
「フォローを外させていただきます」と言われた話
私はInstagramで発信してますが、実は「いいね」の数とか、エンゲージメントとか、ほとんど見てません。
発信者としては「ちゃんと見ろよ!」「だからのびねーんだよ」って言われそうですけど(笑)。
(もちろん仕事なので、必要な数字だけは見ます。
もうせっかく仕事をやめて自由に発信できるんだから、好きなこと発信したいし。
前に、私の投稿が気に入らなかった方から、
「フォローを外させていただきます」
って、わざわざコメントをいただいたことがありました。
そのとき私、
「うん、それでいいんじゃない?」
って思いました。(あと正直、わざわざそういうの伝えるんだ。って若干イラっとはしたw😂)
私の発信が好きな人もいれば、合わない人もいますよね。
言葉一つとっても、受け取り方は人それぞれです。
だから、全員に理解してもらおうとは思っていないんですね。
考え方が変わることもあるし、今まで好きだったものに興味がなくなることだってある。
合わなくなったら、見なくなる。
すご~~~く自然なことです。
その人は、そのときの私の発信が好きじゃなかった。
それは「一つの意見」として受け取ればいいんです。
でも、
「一人に嫌われた=私の発信には価値がない」
ではないんですよね。
ここをイコールにしちゃうと、苦しくなります。
最初からクリアできないゲーム
全員に好かれる私を目指して、自分を調整し続けるのって、最初からクリアできないゲームをずっとやってるようなものです。
こっちの人に好かれるように変えたら、別の人には合わない。
その人に合わせたら、また別の人から何か言われる。
全部気にしていたら、最後には、
「で、私はどうしたかったんだっけ?」
が、わからなくなる。
私は、それがいちばん怖いです。
だから結論。
私は、自分の伝えたいことを、自分が楽しみながら発信する。
そして、それが誰か一人にでも響いたらOK~!
それくらいでいいと思っています。
みなさんも、自分の中に「人からどう思われるか」を気にしすぎていることはありませんか?
「本当は私はどうしたい?」と、自分に聞いてみてくださいね。
片付けでも、同じ
これは片付けでも同じです。
私はストーリーズで、片付けを頑張っている方の感想を載せることがあります。
すると、
「頑張ってる人がいるのに、できない自分が苦しくなります」
ってメッセージをいただくことがあるんです。
その気持ち、本当によくわかります。
わかるんだけど、あえて言わせてください。
他人は他人、自分は自分です。
仕事をしてるかどうか。
子どもの数。
生活のリズム。
得意なこと、苦手なこと。
もともと持っているキャパ。
みんな全然違いますよね。
これ、例えが合ってるかわからないんですけど(笑)、猫とクマを比べてるようなものだと思うんです。
猫がクマを見て、
「アイツは泳げるし、木にも登れるし、強いし……それに比べて私は……」
って落ち込んでる。
いやいや。
猫には猫の良さがあるし~。
人間にかわいがられるし、狭いところにも入れるし、身軽だし。そしてかわいいw
逆にクマにはクマの凄いところがあるし!
そもそも違う生き物なんだから、同じものさしで比べる必要がないんですよね。
人間だって同じです。
育ってきた環境も、持っているものも、使える時間も、得意不得意も違う。
もちろん「あの人みたいになりたい!」って憧れたり、誰かを見て努力したりするのは素敵なこと。
落ち込むだけなら比較はやめよう
「あの人も頑張ってるから、私も頑張ろう」
そう思えるなら、他人を見ることが自分を前に進める力になります。
でも、
「あの人はできてるのに、私はできてない」
って自分を責めるだけなら。
その比較は、もうやめましょう!!!
違う条件で生きている人と自分を比べて、自分に足りないものを探し続ける時間って、正直もったいないです。
比べるなら、昨日の自分
見る相手を「他人」から「自分」に戻してみてください。
昨日は5分しかできなかったけど、今日は10分できた。
前は手放すかどうか何日も迷ってたものを、今日は自分で決められた。
前はちょっと時間が空いたらすぐスマホを開いてたけど、今日は先にやることを一つ終わらせた。
前なら誰かの一言をずっと引きずってたけど、今日は「そういう考え方もあるよね」って流せた。
他人から見たら、ものすごく小さな変化かもしれません。
でも、昨日より一歩進めてるなら、それでいい。
他人と比べると、「自分に足りないもの」が目に入りやすい。
でも、過去の自分と比べると、
「私、こんなことができるようになったんだ」
が見えてきます。
誰かよりできてるかじゃなくて、自分が進みたい方向に進めてるか。
誰かからどう見えるかじゃなくて、自分はどうありたいのか。
全員から好かれる自分になることより、
誰かに好かれなかったとしても、自分で「これでいい」と思える自分でいること。
そっちのほうが、私はずっと大事だと思ってます。
もちろん、人からどう思われるかをまったく気にしなくていい、という話ではありません。
誰かの言葉で自分に気づくこともあるし、誰かの姿を見て「私も頑張ろう」と思えることもある。
他人の目も、他人との比較も、使い方次第では自分を前に進めてくれます。
でも、そこに自分の価値まで預けない!
他人は「参考資料」程度にです!
そして、比べるなら、他人じゃなくて昨日の自分。
昨日の自分よりほんの少しでも、自分がいいと思う方向に進めていたら。
それで十分じゃないかなと。
モノを手放すと、暮らしがラクになる。
そして、「人からどう思われるか」に自分の人生の採点を任せるのをやめると、心も少しラクになる。
「他人の目」を手放すのも、立派な捨て活です。
捨て活ゴリゴリ講座ではコトの捨て活についてもコラム書いています👇
マインドゴリゴリにして部屋も心もスッキリさせましょう。



