実家の片付けが進まない理由|祖母の部屋で気づいたこと


実家にモノが多くて困っています。

片付けの仕事をしていると、こんな話をよく聞きます。
押し入れには何年も使っていない布団。
食器棚には大量の食器。
紙袋や空き箱もいっぱい。
そして、めちゃくちゃ場所を取っている婚礼ダンス。
子ども世代からすると、
「これ、もう使ってないよね?」
「こんなにいらなくない?」
「捨てたらいいじゃん!」
と思うモノがたくさんあります。
実は私もそうでした。

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なぜ親はモノを捨てられないのか
以前、祖母の部屋を一緒に片付けたことがあります。
押し入れを開けてみると、とにかくモノ、モノ、モノ。
「これは何に使うの?」
と思うようなモノもたくさん出てきました。
祖母は、お菓子を包んでいた紙まで取っておきます。
服だって、ちょっと穴が開いたくらいでは捨てません。接着剤でくっつけて、また使う。

正直、私は思っていました。

なんでそこまでして取っておくんだろう?
もう十分つかったでしょ
これはさすがに捨ててもいいんじゃない?
「戦争を経験した世代だから」は知っていた
もちろん私だって、
「昔の人はモノがない時代を経験しているから、モノを捨てられない」
ということくらいは知っていました。
頭ではわかっていたんです。
でも、それを知っていたって、目の前に大量のモノがあれば、
「いや、それにしたってこれはいらないでしょ!」
って思うんですよね。笑
そんな私の見方が少し変わったきっかけが、娘の自由研究でした。
娘が祖母に、戦争中の暮らしについて話を聞いたことがあります。
そこで祖母が話してくれたのが、

食べるものがなく、ひまわりの種やかぼちゃの種を食べていたこと。
おやつには、家で作ったあられを食べていて、それさえとても貴重なものだったこと。
服や靴も十分になく、大人の着物を子ども用に作り直して着ていたこと。
おもちゃはあったけれど、戦争に使うものを作るために親に没収されたこと。
お金も今よりずっと少なく、モノもほとんどなかったこと。
戦争が終わったときには、
食べ物に困らないこと。
夜、ぐっすり眠れること。
そんな今では当たり前に感じることが、とてもうれしかったそうです。
「知っている」と「想像できる」は違った
私はもともと、
「祖母はモノがない時代を生きてきたから、捨てられないんだ」
とはわかっていました。
でも、知識として知っていることと、その人が生きてきた暮らしを想像できることって、全然違うんですよね。
「食べ物がありませんでした」と聞くのと、
「ひまわりの種やかぼちゃの種を食べていた」と聞くのでは違います。
「服がありませんでした」と聞くのと、
「大人の着物を子ども用に作り直して着ていた」と聞くのでも違います。
そこまで具体的に聞いて、初めて子どもの頃の祖母の暮らしが、ほんの少しだけ想像できました。
ちなみに祖母、めちゃくちゃ話が長いです。笑
話を聞くのもなかなか大変です。
でも、そうやって聞いたからこそわかったことが、たくさんありました。
そして、もう一度祖母の部屋にあるモノを見ると、
「ああ、だからなんだ」
と、以前より見え方が変わりました。
「モノを大切にする」の意味が違う
祖母は、まだ使えるモノを簡単には捨てません。
穴が開いたら直すし
何かに使えるかもしれないモノは取っておきます。
本当にずっと取っておく。
それが祖母にとっての、「モノを大切にする」なのだと思います。
私だってモノを大切にしたいと思っています。
ただ、私にとっての「モノを大切にする」は少し違います。
限りあるモノだからこそ、自分が使える量を持つ。
持っているだけではなく、ちゃんと使う。
使わないモノを大量にしまっておくより、今の自分に必要なモノを大切に使っていきたい。
祖母と私は、やっていることだけを見れば真逆です。
祖母は「捨てない」。
私は「使わないなら手放す、そして必要ないものは買わない」。
でも、よく考えたら根っこにあるものは同じなんですよね。
祖母も私も、モノを大切にしたい。
ただ、「大切にする方法」が違うんです。
そう気づいたとき、すごく腑に落ちました。
実家の片付けで大事なのは「モノ」より「人」
実家の片付けで大事なのは、ここなんじゃないかなと思っています。
相手が生きてきた背景を知らずにモノだけを見ていたら、
「これいらないでしょ」
「もう捨てようよ」
「いつ使うの?」
と言いたくなります。
でも、その人がどういう時代を生きて、どんな暮らしをしてきたのか。
なぜ「まだ使える」と思うのか。
なぜ「もったいない」と思うのか。
そこまで想像できるようになると、同じモノを見ても、かける言葉が変わってきます。
母が持っている婚礼ダンスだってそうです。
私たちの世代から見れば、
「大きいし、場所取るし、もう使ってないなら処分したら?」
と思うかもしれません。
でも、それを持っている人にとっては、単なる「大きなタンス」ではないかもしれない。
結婚するときに親が用意してくれた、
当時の暮らしや家族との思い出が詰まっている、様々なストーリーがあります。
そういう背景を何も知らずに、
「使いづらいからいらないよね」
の一言で片付けてしまったら、そりゃあ相手だって嫌ですよね。
全部捨てるか、全部残すかの二択じゃない
ただ、私は、
「思い出があるなら、全部そのまま取っておきましょう」
と言いたいわけではありません!
昔の暮らしには必要だったモノでも、今の暮らしには合わなくなっているものがあります。
年齢を重ねれば、体も変わります。
足腰が弱くなれば、床に置かれたモノにつまずくかもしれない。
高いところのモノを取ろうとして転倒するかもしれない。
大きな家具が、今の生活では動線を邪魔していることだってあります。
だから、過去を大切にしながらも、
「今、この人が安全に、暮らしやすく生活するにはどうしたらいい?」
という視点は必要だと思っています。
全部捨てるか。
全部残すか。
その二択ではなく!
これまで大切にしてきた気持ちを否定せず、今の暮らしに合わせて一緒に考えていく。
それが、実家の片付けなんじゃないかなと思います。
個別相談でも、モノの奥にある気持ちを聞く
これは祖母に限った話ではありません。
これまで個別相談でたくさんの方の片付けに関わってきましたが、
「どうしてこれは手放せないんだろう?」
と一緒に掘り下げていくと、そのモノ自体ではなく、その奥にある気持ちが見えてくることがあります。
「親が学費を払ってくれて、そのお金で買えた教科書だから」
「亡くなった親からもらったから」
「昔すごく欲しくて、やっと買えたから」
「これを捨てたら、思い出までなくなってしまう気がするから」
理由は人によって、本当にさまざまです。
だから、目の前のモノだけを見て、
「使ってないなら、いらないですよね」
「壊れてるんだから、捨てましょう」
と私の価値観を押しつけても、その人には届かないんです。
片付けているのはモノだけど、向き合っているのは人なんですよね。
祖母の部屋を片付けながら、普段の個別相談で大切にしていることと、全部つながった気がしました。
その人が、なぜそのモノを持っているのか。
何を大切にして生きてきたのか。
そこを知ろうとすることも、片付けの一部なんだと思います。
まとめ|片付けるのは「モノ」だけど、持っているのは「人」
実家に帰って、大量のモノを見ると、
「うわーーー!これ全部どうするの!」
ってなります。笑
わかります。
でも、そこでいきなり「捨てよう」と言う前に、一度だけでも聞いてみてほしいんです。
「これ、いつから持ってるの?」
「昔はどんなふうに使ってたの?」
「なんでこれは取っておきたいの?」
話が長くなる可能性はあります。笑
でも、その話の中に、その人がモノを手放せない理由が隠れているかもしれません。
背景を知ったからといって、すべてに納得できるわけじゃないし、
「いや、それでもこれはいらんやろ!」と思うことだってあります。笑
でも、知ろうとするのと、最初から知ろうとしないのでは、全然違うと思うんですね。
片付けるのは「モノ」だけど、そのモノを持っているのは「人」です。
その人がどんな人生を歩んできたのかを少しだけ想像してみる。
お互いの「大切にしたい」を認めたうえで、これからを安全に、暮らしやすくするための片付けを一緒に考える。
祖母の部屋を片付けながら、私はそんなことを教えてもらった気がします。



